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2016/10/08

ブレーメン革命



娘が二歳の時、南相馬に住む親類の家を両親と祖母と訪ねた。

四世代が暮らす家で、「あねさ」とみんなに呼ばれているおばあさんが、

いつも笑顔のやさしい人で好きだった。

その家の人たちは、馬追いのために飼っている馬をわたしと娘に見せてくれた。

地震のあと、あの馬がどうなったのかを誰かに訊ねたことはない。

「あねさ」も、震災後に亡くなった。








ブレーメン革命  管啓次郎 『生きとし生けるもの』


「おれは働いたよ、小麦の運び手として

収穫された小麦を水車小屋に運び

そこで碾かれた粉をこんどは粉屋に運ぶのさ。

毎日毎日おなじ仕事、毎日毎日おなじ道

死なない程度の食べ物と

死なない程度の水をもらって

怒られ、叩かれ、おどされ、笑われ

みんながはしゃぐお祭りの日だけは

ホメラレモセズ、クニモサレズ。

あとは日照りの夏も雪景色の冬も

毎日毎日行ったり来たり

だんだん齢をとって力も弱くなり

若いころの半分の荷に

四倍の時間がかかるようになったんだ。

するとね、言われたよ

こんな役立たず、もううちにはいらない

さっさと肉屋に売って

ぎょうざにしてもらおうって。

それで逃げ出したってわけさ

人間てやつら、まったくひどいよ」

ああ、そうだった、彼と出会った最初の晩

ろばは悲しい顔をして、ぼくにこう言いました。

それからぼくらの物語は

みなさんも聞いたことがあるかもしれません

あのとってもgrimなグリム兄弟のおかげでね

ろばとぼくと猫とにわとりは

そろって市のたつブレーメンの町をめざすのです。

役立たずなら役立たずらしく

死ぬまでとことんロックしよう

フィドルとタンバリンとギターとアコーディオンで

異種混合的世界音楽。

ところがブレーメンは遠くて

いつしか迷い込んだのは森の中

野生暮らし知らない身では

食料調達もままなりません

ひもじく寒い黒い森の夜

人里離れた一軒家を見ると

人相の悪い泥棒たちが

酒池肉林のごちそう三昧!

で、結論を急ぐと

ぼくら、やつらを追い出したんです

頓知と機知を使ってね

泥棒たちを追い出して

ようやく食べ物にありついた

四匹(一頭二匹一羽?)で満足して

それからしみじみ語り合った。

「森」が「野生の世界」だとしたら

この家こそ「人間世界」だね

人間すべて泥棒さ

ぼくらの世界を盗み、とことん虐げて

ああ、ああ、ぼくらを働かせ

ああ、ああ、ぼくらの命を奪い

ああ、ああ、ぼくらを食ったり着たり

ああ、ああ、いじめて楽しんだりもする

人間みんな、命の泥棒(命の泥棒)

おかげでこの世は動物の地獄(動物の地獄)

それでぼくら、泥棒を追い出した

この家から人間を追い出した。

でもずっと人に飼われてきた身では

野生の世界はあまりにきびしい

帰ってゆくにはあまりに辛い

すっかり沈んだぼくたちは

翌日、会議をよびかけました

動物たちの会議です

課題はぼくらの命です。

森の守り手、ふくろう先生

大きな目をぱっちり開けて

ろばの歴史を教えてくれた

「ジーザスよりも五千年前

ろばは人間と暮らしはじめた

サハラ砂漠が乾燥をはじめ

食料も水も乏しくなった

ところがそんな気候こそ

ろばの大活躍にはもってこい

ろばは足取り軽やかに

牛よりも速く歩きます

起伏も荒地もなんのその

文句をいわずに旅をします。

体温が変化しやすくて

乾燥気候にへこたれない

水を飲まなくてもがまんでき

脱水からもすばやく回復

薪や水や人の赤ちゃん

鍋やテントも運んでいった。

ろばは砂漠の小型トラック

一日二十四キロ歩く

グローバル化の立役者

ああ、それなのに、それなのに

人間はろばをばか扱い

メランコリックで強情で

一生働きされたあとは

餌ももらえず捨てられる

飢え死にするのを待っている」

ろばはわんわん泣きました

つられてみんな泣きました

つぶやくように馬が語ります

「わたしたちもおんなじことよ

体が大きくて走るのが速いから

人間にさんざん走らされてね

ユーラシア大陸の端から端まで

ついには大西洋もわたったの。

戦いに使われ皮を剥がれ

肉を食べられ生贄にもされ

織物や茶と交感され大量に取引され

気まぐれに飾られ気まぐれに愛され

でも少しでも動けなくなれば

溝に捨てられ犬の餌

戦場では累々たる死体の山になった。

にんじんや角砂糖で騙すっていうの?

ごめんだわ、もうかれらを乗せるのは

一度でも馬刺を食べた人間は

わたしたち、ちゃんとわかるのよ

思いきり蹴飛ばして

思いきり振り飛ばして

広い草原めざして走っていくわ」

みんないよいよ涙にくれて

つらい生涯をふりかえるのでした。

大きな波が襲ったあと

人のいなくなった土地で

牛も馬も死にました

犬も猫も死にました

飢えと寒さで死にました

豚も鶏も死にました

それから放射能の雨が降り

「経済動物」は価値喪失

みんな注射で殺されました。

死んだ私たちに降り注ぐのは

雪のように白い消石灰

家畜の命は絶対管理化

土になることも許されない。

ぼくらあまりにもさびしくて

怒っているのか悲しいのかもわからない

こんな世の中、別れを告げたいけれど

少しは好きな人間たちもいる。

だったら人間に申し込もう

話し合いを申し込もう

私たちの命を粗末にしないでと

(でもそれがかれらにできるかな?

自分の種の仲間も平気で殺すんだから)

ぼくらが始めるのはブレーメン革命

ブレーメンの町にたどりつかない動物たちの革命

攻撃することをしない家畜とペットの革命

言葉にならないまなざしの革命

生きるよろこびに飛び跳ねたい

ただそれだけを求める革命。

音楽を奏でるための楽器ももういらない

風と足音とときおりの鳴き声で

森と草原と砂漠と海岸をむすぶ

山川草木鳥獣虫魚

すべての命の仏陀フィールドをめざす。

ああ、そんな日がやってくるなら

少しだけバランスを取り戻すなら

あまりにもひどい残酷さが

少しだけ減ってくれるなら。






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